素材と建築デザイン

建築デザインの中での素材の役割

 奥山  最近作の「連窓の家」を例にお話しいただけませんか?

 坂牛  特に直接「質料性」を見せたいという強い気持ちはないし、物質の意味をはぎ取るという坂本先生ほどの積極的な意志もないわけですが、コンクリート打放しのように二次的な意味が強い材料については、補修材をスポンジでたたいて一見おしろいを塗ったようにして、発生する意味を希薄にしようとしています。しかし、もう少し積極的にしないと自分の表現が霞むというのは感じます。
 「質料性」を自分の中で意識している部分があるとすると、そういう断面を見せたり中性化するということ以上に、ある質料がいつもと異なる形式の中で違った姿を見せるという現象の部分です。「連窓の家#1」(cf.11)あるいはそのつぎの「連窓の家#2」(cf.12)は「窓」というのがテーマで、ガラスが持っている「内と外を切り分ける」という既成の形式に対し、内部にも同様の形式で延長されていくことでこの意味が少しずれてこないか、ということを考えています。それとこうした新しい「質料性」によって空間の分節に別の可能性を見出したいと考えました。

 坂本  窓がそのまま内部空間的な場に入っていくわけですね。普通は空間的な分節と対応しているんだけれども内部まで来ているから、本来ならば外部で成立していることが内部化することで開口の意味が変わってくるということですね。そのことは物質的に形式をフォローしているということですか。

 坂牛  このガラスが内側に入ってきて2つの空間を分節しているわけですが、そのときに本来ガラスが持っている雰囲気や社会的に持っているものが違う見え方をしてこないかということを期待しています。

 奥山  間仕切りだけでガラスを使うのなら素材だけの問題だけれども、形式が物質を伴いながら入り込んでくる、というところが坂牛さんの狙いなんでしょうね。
 たぶん坂牛さんや私の世代だと、モノがかなり記号化されてきている生産システムの中で設計を始めたために、坂本先生が長年考えてこられたような空間の形式と物質性を対立させる思考がなかなかできない気がするんです。たぶん坂本先生ご自身もいま住宅を作りながらその辺を感じられていると思います。ですから未仕上げ感についても代田の町家や家型のベニヤの住宅でやられていた方法とは違う意味で、今はまた先生が別な未仕上げ感を作られているような感じがします。つまり「意味を消す」のではなく、素材そのものを使いながら意味を発しないような使い方を先生は始めているという感じがするんですが。

 坂本  以前は意味の零度に近づけることは可能だと考えていた気がする。ところがその後零度なんてないんだと。零度に近づけるということは、逆に現実の中に宙づりにすることで、結局意味としては零度と同じことになるのではないか。そういうことで、素材をそのまま使うこともあるだろうし、それはそれなりの意味を持っているけれどそのまま漂わせたってかまわないと。それは、これだけアッセンブリーに頼らざるを得ない状況の中で、既成のものの選択によって、意味の宙吊りを生じさせる方向に変わってきたと思うんです。
 それはアルミサッシュが出た当時感じたことではありますね。僕は割合早くからアルミサッシュを使っているんです。使える既製品はできるだけそのまま使おう、ただその使い方が問題だと。たとえば掃き出し窓に使うべきところをそうではないところに使ってみたり、そういう方法によって違う意味の中にそれを持っていく。あるいはそれによって曖昧に、宙吊りにする。

 坂牛  全くそれと同じことを僕はHut Tの中に見た思いがしたのは例の構造の部分で、本来構造材で壁に隠蔽されるはずの2×10が内側に入ってきたときに、しかもあれは家具のようにしつらえられているから、ぱっと見では構造材ではなくて家具に見えるわけです。これは一種の2×材が持っている社会的な意味をはぎ取っている。形式によってその物質に与えられた意味をはぎ取っているということだなと感じたんです。それはさっきの掃き出しのサッシュを上に付けるとかそういうことと非常に似たやり口で、やっぱりあるところでやり方を変えている。

 坂本  もちろんそういうことのためにやっているわけではなくて、コントロールしながらも結果的には設計をしているわけです。
 ところで現代の建築のあり方の1つとして、その物質の「断面」の中に可能性を見出していこうという今日の話は重要です。僕はこれまであまり関心を持ってこなかったけれども、その可能性を否定しているわけではない。もちろん何かのあたえられた素材を最大限に利用してやろうというのはいつも基本的なスタンスの中にあるわけですから、素材を与えられるというチャンスがあれば、試みたいと思います。

初出:『華』22 autummn-winter 2001-2002


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