質料としての素材考  美学のフィールドからの視線

質料性の氾濫

 谷川  これまでのお話に大変関係のある映画がありましたね。ピーター・グリーナウェイの『建築家の腹』という映画です。ブーレを研究するアメリカの建築家がローマでブーレの大展覧会を開催する。彼はやたらと図面をコピーします。彼は「線」(形式)に非常に打ち込んでいるんですが、そこで抑圧していた質料性に復讐される映画です。自分の腹とコピーを重ね合わせる不思議な場面があるんです。後にその建築家は胃癌で死んでしまう。癌というのは質料性の氾濫です。形を持たない細胞の増殖ですから。一方「線」というのはあくまでもコントロールできるものです。新古典主義の建築家を偏愛していた男が、自分の内部に孕まれていた質料の増殖によって命を奪われてしまう。フォルムとマティエールの関係を強く感じさせてくれます。

 坂牛  先ほどミニマルで素材性のある建築が多く出現していると言いましたが、別な形で質料性が噴出している建築があり話題を呼んでいます。1997年にスペインのビルバオに完成したグッゲンハイム美術館です。建築界では大きな話題を呼びました。20世紀を締めくくる建築か、あるいは21世紀を予言する建築か、あるいは、設計したフランク・ゲーリーという建築家個人のアーティスティックな感覚の発現と見るべきなのか。

 谷川  バロックですね。完全に。ドールスのバロック論のひとつのポイントは、一番下に重い建築、次いで彫刻、絵画、詩、音楽と重ねたときに、バロックは上のジャンルに行こうとするということです。すなわち建築が彫刻になろうとする、これはバロックと考えていい。古典主義は逆に下がろうとする。音楽が詩に、すなわち音楽が語ろうとする。絵画が彫刻に、すなわち非常に立体的な三次元的イリュージョンを目指す。彫刻は建築のような堅固なものになろうとする。それらは古典主義です。そういう意味でこの建築はまさに建築の彫刻化ですね。ドールス的に言えば完全にバロック的アイオーンが噴出したという感じですね。でもこれはそんなに新しいんですか? ぼくはそんなに、衝撃は受けないけれど……。それでもこうした建築がいろいろとできると面白いですね。

(2001年2月8日/GAギャラリーにて)


所収:『芸術の宇宙誌―谷川渥対談集』(右文書院、2003)
初出:『GA 素材空間』2001年7月号


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